☆当整体院開設の経緯

 
私は、長いこと広告代理店でサラリーマンをしておりました。今から10年以上前、会社で倒れ、病院に救急車で搬送されました。当時は仕事が忙しかったことに加え、日々の生活が不摂生でしたので、身体に負担が大きくかかっていたと思います。
 
駆け付けてくれた救急隊員の方が、私の血圧を測定したとき、「意識は戻っても、この血圧の数値だと、病院に搬送しなくてはなりません。」と言われたほど血圧は高かったです。今でも私の自己最悪記録ですが、上が220で下が120でした。(驚)
 
搬送された病院でも、ドクターからお叱りも受け、「これから脳のCTを撮り、また、降圧剤を服用してもらうが、CTの画像で脳に出血がある場合や、降圧剤を服用しても血圧が下がらない場合は入院となる。」と、宣告されました。
 
幸い、脳に出血もなく、降圧剤を服用することで血圧も下がってきました。
しかし、薬で血圧を下げたに過ぎず、肉体的や生活習慣的な根本的な解決したわけではありませんでしたので、ここから、私の健康づくりが始まりました。
 
まずは、親戚、友人、知人が教えてくれた病院などに行きまくりました。
しかし、どこの病院に行っても、イマイチ良くなりませんでした。
そんな時、家内が通っているカイロテクティックの先生のところに行ってみないか?と家内から誘われ、その先生の治療を受けることにしました。
この先生が、病院でも良くならなかった私を治してくださったんです!
カイロプラクティックの手技療法で、骨格の歪みを正しい位置に戻し、歪みによって起きていた神経圧迫や筋肉の過緊張を取り除きます。
そして、この先生がすごかったのは、人のこころが読めてしまうということでした。
私が会社で倒れた経緯の詳細こそわかりませんが、私が、当時悩んでいた人間関係についてもズバリ言い当てられ、心身ともに疲弊していた私を救ってくれました。
 
この先生の治療を受けることで、私は再び元気になってきて、会社にも復職することができました。しかし、あれだけ好きだった広告の仕事に、なにか違和感を感じ始め、こんなことをやっている場合ではなく、もっと世の中の人のためになることをしたいと思いはじめ、自分も自分を救ってくれたカイロプラクティックの仕事をしたいと思い始めました。
 
そして、カイロプラクティックの学校を調べ回り、見学に行ったりもして、ここで学びたいと思う学校を見つけました。
 
次は家内の説得です。46歳でサラリーマンを辞め、自営業になるワケですので、展望や収支予測などをプレゼンして、なんとか同意を得て、私は中年にして学生になりました。
 
そして、とにかく2年間、カイロプラクティックの勉強を必死にやりました。学校に行きながら、私の師匠がおります北区の王子整体院と言う治療院には、学校に登校する前に通ってプラスαの修行もしました。
 
学校での授業は、テクニックでも座学でも、とにかくテストでは評価Aを絶対取ろうと決心して、ちょっと自慢になりますが、最終的に2年間で1科目だけ評価Bでしたが、あとは全部評価Aを頂けました。結果、卒業式では、首席の答辞を読みました。
卒業前に、アメリカでの人体解剖実習にも参加しました。日本では人体解剖は医学部生でないとできませんので、アメリカのカイロプラクティックの専門大学まで行って実習を行ってきました。実際に見ることができた人体の臓器など、ショッキングでしたが、深く人体構造を理解し、皆さまを施術する上で大変重要な勉強の機会を得ることができました。
 
卒業して約1年間は王子整体院で修行をしながら、開業する場所探しをしていましたが、2009年、現在、立川駅や拝島駅からも近い当整体院がある青梅線・昭島駅前にアイシス☆カイロプラクティックセンターを開業できまして、今に至っております。
 
そして、2017年4月からの毎週火曜日は、私がカイロプラクティックを学んだ日本カイロプラクティックドクタ専門カレッジで講師の仕事もお引き受けすることになりました。
そのため、誠に勝手ながら毎週火曜日の午後は、授業のため、基本的に休院させていただいております。